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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)2439号 判決

原告

向井冨美男

被告

伊東晃生

主文

一  被告は、原告に対し、金一三万一七〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九五万六七〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 事故発生日 昭和六三年五月二一日午前一一時頃

(二) 場所 三重県四日市市大字羽津甲五一六三先国道二三号線路上

(三) 被告車両 大型貨物自動車(岐一一す二七七〇)

(四) 右運転者 被告

(五) 原告車両 普通乗用自動車(名古屋八八り五八)

(六) 右運転者 原告

(七) 事故態様

被告が、被告車両を運転して走行中、被告車両に積載していた砂利を誤つて路上に落下させたところ、落下した砂利の一部が、被告車両の後方を走行していた原告車両のバンパー等に当たり、フロントガラスが破損し、車体表面の塗料が剥げ落ちる等の損傷が発生したもの(以下「本件事故」という。)

2  責任原因

本件事故は、被告が、被告車両を運行するにあたり、積載物が落下することによつて他の車両を損壊したり、道路における交通の危険を発生させることのないような方法で走行しなければならないという貨物運送業務に従事する者に要求される業務上の注意義務を著しく怠り、誤つて砂利を荷台から落下させたために生じたものである。

よつて、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 原告車両は、キヤンピング車「ニツサン・キヤラバン」を改造したいわゆる「カスタム・カー」といわれる改造車両である。「カスタム・カー」は、屋外キヤンピングツーリング等のレジヤーのために使用される自動車に改造・特殊塗装等を加えることによつて個性的なスタイルを有する自動車に仕上げ、これを鑑賞の対象にしようとするものであり、原告は、全国規模の「カスタム・カー」展示会に原告車両を出展してきたものである。

(二) 本件事故によつて、原告車両のバンパー等に砂利が衝突したため、当該部分の塗料が剥げ落ちたが、原告車両は、鑑賞を主たる目的の一つとする自動車であるから、塗装が剥げ落ちた部分のみを再塗装するとすれば、塗装のアンバランスによつて、自動車の美観が著しく損なわれ、「カスタム・カー」としての機能を果たし得なくなる。殊に、原告車両は、「アストロフレーク塗装」と呼ばれる特殊な塗装が施されているから、同塗装方法においては一部だけの再塗装がされるなら、光沢、色調に顕著なアンバランスが生ずるものである。

よつて、原告車両の車体全体をアストロフレーク塗装するために必要な費用が原告の損害である。

(三)(1) 修理費用 金六〇万六七〇〇円

原告車両のフロントガラス取替、車体全体塗装に要する費用

(2) 代車費用 金三五万円

アストロフレーク塗装は何度も重ね塗りするため、塗装完了までに最低二週間は必要であり、原告車両と同種の自動車の代車費用は、一日二万五〇〇〇円が相当である。

4  よつて、原告は、被告に対する不法行為による損害賠償請求権に基づき、金九五万六七〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)ないし(六)は認める。(七)については、被告車両(空荷のダンプカー)の荷台に残存していた砂利が、道路の段差で被告車両がバウンドしたはずみに落下し、その一部が原告車両に当たり、原告車両に数箇所の米つぶ大の損傷が生じたことは認め、その余は否認する。

2  同2は争う。

3  同3(一)の事実のうち、原告車両が、「ニツサン・キヤラバン」の改造車両であることは認め、その余は不知。

同3(二)の事実のうち、原告車両に前記のとおり損傷が生じたことは認め、その余は不知。

同3(三)の事実は不知。

三  被告の主張

1  本件事故の態様

本件事故は、被告が、ダンプカー(積荷の砂利を降ろして空荷であつた。)を運転して国道を進行中、道路の段差があつたため被告車両後部がバウンドして、そのはずみで荷台後部シヤーシのへりの上に残つていた砂利が落下し、後続の原告車両に当たつたもののようである。

2  原告の損害について

原告車両の損傷は、砂利が当たつたものと思われる米つぶ大の損傷が、数箇所、前部バンパー及びフロントガラスに生じたというものであるが、このような損傷の場合に、車体全体を再塗装するという修理方法は相当性の範囲を逸脱している。

原告車両の損傷の修理としては、前部バンパー部品の再塗装及びフロントガラスの取替で十分に足りる。

四  抗弁

本件事故は、被告の一方的過失により生じたものではなく、原告が十分な車間距離をとつていなかつたため、砂利が当たつたものである。従つて、被告に責任があるとしても、その賠償額を算定するについては、原告の右過失を斟酌すべきである。

五  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因1(一)ないし(六)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様及び被告の責任について検討する。

1  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告は、本件事故前、積載してあつた砂利を降ろした空荷の状態の被告車両を運転して、国道二三号線を名古屋方面に向けて走行していた。

(二)  本件事故地点は、上り坂となつており、また、乗用車では確認できない程度の小さな段差が存在した。

(三)  被告車両は、右段差を通過した際、バウンドし、被告車両のフレームシヤーシの中に残存していた砂利が、被告車両に後続して走行していた原告車両のフロントガラス及び前部バンパーに当たり、砂利が当たつた部分に損傷が生じた。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告が、被告車両を運行するに際し、積載物が落下することにより他の車両等に損傷を与えぬように走行すべき義務を怠つたことに起因するものと認められるから、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

三  そこで、原告の受けた損害について検討する。

1  修理費用

(一)  フロントガラス 金七万一七〇〇円

原告本人尋問の結果により真正に作成されたものと認められる甲第二号証及び証人梅本俊夫の証言により真正に作成されたものと認められる乙第一号証の二によれば、フロントガラス取替の為、金七万一七〇〇円の費用を要することが認められる。

(二)  塗装 金六万円

(1) 原告本人尋問の結果及びこれにより真正に作成されたものと認められる甲第五号証によれば、原告が、本件事故による原告車両の修理として原告車両に全塗装を施し、右費用として金四五万円を支出したことが認められる。しかし、原告本人尋問の結果により原告が昭和六三年六月一九日及び同年七月五日に撮影した原告車両の写真であることが認められる甲第三号証、前掲乙第一号証の二及び証人梅本俊夫の証言によれば、本件事故により原告車両の前部バンパーに生じた損傷は、複数箇所において塗料が剥離したというものであり、右剥離部分の大きさは、小さいもので米粒大、大きいものでも原告の示指の爪に比して小さいこと、右損傷は、前部バンパーを脱着して塗装する部分塗装の方法で修理することができること、右修理に要する費用は、金六万円であることをそれぞれ認めることができる。

(2) そこで、損害額として全塗装費用が含まれるか否かについて検討する。

原告は、この点について、原告車両は、鑑賞を主たる目的の一つとする「カスタム・カー」であるから、塗装が剥げ落ちた部分のみを再塗装するとすれば、塗装のアンバランスによつて、自動車の美観が著しく損なわれ、「カスタム・カー」としての機能を果たし得なくなるし、殊に、原告車両には、「アストロフレーク塗装」と呼ばれる特殊な塗装が施されており、同塗装方法においては、一部だけの再塗装がされるなら、光沢、色調に顕著なアンバランスが生ずるものであるから損害額として全塗装費用が含まれる旨主張し、原告本人尋問においても右主張に副う供述をしている。

しかし、証人梅本俊夫の証言により真正に作成されたものと認められる乙第三ないし第七号証及び同証言によれば、フレーク塗装(「アストロフレーク塗装」は、日本防湿箔紙工業所が使用している商品名)は、原理的にはメタリツク塗装と同じものであり、使用するアルミ片が、メタリツク塗装に使用されるものに比較して大きくかつ粒がそろつており、また、アルミ片自体に着色されているものがある(「アストロフレーク塗装」は、着色されたアルミ片が使用される。)点、フレークを立てないでねかせる点において相違するものの、メタリツク塗装と同様に部分補修が十分に可能であること、部分補修の要点は、従来使用されているものと同じフレーク材を入手することであるが、フレーク材は、一〇〇グラム、二〇〇グラム、五〇〇グラム及び一キログラムの単位で市販されており、同じフレーク材の入手は可能であること、補修工程は、フレーク材の種類によつてほぼ決定されるが、透明塗料とフレーク材の配合及び吹付け方などについては、以前に全塗装を依頼した業者に補修を依頼すれば、より適切な配慮が受けられること、部分補修の結果、光沢、色調に顕著なアンバランスが生じて美観を損ねることはないことをそれぞれ認めることができ、右各事実に照らし、原告車両は、「アストロフレーク塗装」と呼ばれる特殊な塗装が施されているから、部分塗装がされるなら、光沢、色調に顕著なアンバランスが生ずる旨の原告の供述はにわかに措信がたい。

本件においては、前記原告車両の損傷の程度から前部バンパーを脱着して塗装する部分塗装の方法で修理することができ、かつ、原告車両が、鑑賞を主たる目的の一つとする「カスタム・カー」であることを考慮しても、「アストロフレーク塗装」の故に部分塗装の結果、光沢、色調に顕著なアンバランスが生じて美観を損ねることはないことは前記認定のとおりであるから、部分塗装による金六万円を本件事故による損害として認めるのが相当である。

2  代車費用

原告は、本件事故により代車費用として金三五万円の損害を受けた旨主張するので、この点について検討するに、原告本人尋問の結果によると、原告が、本件事故により原告車両が破損したため、一八日間の修理期間中、弟から車両を借用した事実は認められるが、本件事故により代車費用として金三五万円の損害を受けた事実については、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

従つて、原告の右主張は理由がない。

四  抗弁(過失割合)について

被告は、本件事故は、被告の一方的過失により生じたものではなく、原告が十分な車間距離をとつていなかつたため、砂利が当たつたものである旨主張するが、右事実は、これを認めるに足りる証拠がなく、被告の抗弁は理由がない。

以上の認定によると、被告は、本件損害賠償として、原告に対し、前記三において認定した金一三万一七〇〇円の支払義務があることになる。

五  結論

よつて、本訴請求は、本件損害賠償として、金一三万一七〇〇円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和六三年五月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 深見玲子)

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